2009年3月31日
他者ノート閲覧と他資料取込みを可能にする情報共有機構を有す電子ノートシステム
本研究では,児童・生徒が各自ペン入力インタフェースを有するコンピュータ(以下ペンPCと記す) をノートとして利用する授業環境に対して,つまずきのある生徒には他の生徒のノートを覗かせることで学習のヒントを与え,覗かれている生徒には満足感や優越感を与えると共に,人が見やすい解答を書くという意識を持たせることで更なる学習意欲を獲得させることを目指した機能を提案します.
そして,実装したシステム等を利用した授業実践を通して,授業において利用するノートとしての機能の有用性とユーザインタフェースの評価,学習において他者のノートを見ることができることの教育的効果の検証,および,その効果を向上させるための先生の介在の仕方などの授業形態を明らかにすることを試みようと考えています.
本研究は,科学研究費補助金・若手研究(B) 19700112 の補助により執り行いました.
学校の授業においては,知識を教授する時間とともに生徒自身の定着を図るための演習時間が大切です.なぜなら児童・生徒は,教師の授業をただ聞いているだけではなかなか理解ができず,まして自分で解けるといった感覚は全く持てません.問題演習の時間を設けることで児童・生徒自身で考える時間が生まれ,自分自身の力へと消化していくことができます.右図は,ベネッセ教育研究開発センターによる第4回学習指導基本調査[1]における授業においてどのような時間の使い方や進めからを心がけているかの結果(20%以上の項目を抜粋)で,演習の時間が重要視されていることがわかります.
ところが,この問題演習の時間にはいくつかの問題点があります.第一に,児童・生徒間には理解度の差があり,できる生徒は短時間で演習を終えて暇になってしまうこと,第二に,一方でつまずきのある生徒は鉛筆がまったく動かないままで答え合わせの時間になってしまうということです. このような状態が続くことで,できる児童・生徒は退屈して学習意欲が減少し,つまずきのある生徒はその教科に対して苦手意識を持ち,学習意欲を失ってしまいます.
右図は,先と同じ調査における授業を進めるときの目安となる生徒の調査結果で,理解度が上位や下位の生徒への配慮が少ないまま授業が進められていることが読み取れます.
そこで,本研究では,問題に対してひとりでは手が出ないが,何かヒントがあれば問題に取り掛かれるという児童・生徒に対して,他の児童・生徒のノートを覗き見することを可能とします.
他の児童・生徒のノートを覗くことで,筆記内容の観察や真似を行い,新しい思考パターンを獲得する観察学習効果や,すでに習得している知識の活用を促進する反応促進効果も得られ,生徒の主体的な学習活動が促されることが期待されます.
また,覗き見という行為は他者からの割り込みではなく,学習者自身の立場から動機付けられて行われるため,児童・生徒の思考を妨げないという利点があります.加えて,机間指導によって教師から与えられる情報と比べて,児童・生徒自身が発見するという活動をより多く経験させることができます.
問題を解くことができた児童・生徒に対しても,同じ問題に対して他の考え方で解決した生徒のノートを覗き見させることで,さまざまな方法を比較検討させることができます.
覗かれている児童・生徒に対しては,自分が他の児童・生徒の学習に貢献していることを認識できるために,覗かれていることを明示してあげます.覗かれていることがわかることによって優越感や満足感を感じることで新たな学習意欲を獲得することができることも期待できます.
また,覗き合うというスタイルが定着してくると,他の生徒が覗いて分かるようなノートを書く努力をするようになり,より理解が深化する効果も期待できる.覗き見という行為は教えあいと異なり,覗かれる側の負担がなく生徒は個々の学習を進めることができるので,授業の演習時間など個々の知識理解・定着を目的とした学習活動において有効と考えられます.
すべての児童・生徒がどの生徒のノートを見られるようにすることは,授業運営上好ましくないと思われます.たとえば,自分の力で考えさせたい児童・生徒もいるだろうし,お手本としては好ましくないノートもあるはずです.そこで,どの児童・生徒のノートをどの児童・生徒が見られるようにするかの設定を教師が制御できるようにすることが重要です.
加えて,見本としてとてもよい回答があったとき,覗き見する児童・生徒に考える余地を残すために,その一部だけを見せたいことがあります.また,若干の修正を入れてから見せたいこともあるでしょう.そこで,見せるノートの筆記を巻き戻す機能と加筆する機能を用意します.
試作したシステムの予備評価として,高校2年生の男子生徒3名を対象に,本システムを用いて問題演習を行い,その後に自由に感想を書いてもらう実験を行いました.
感想からは,他人の解答を見ることでヒントを得ることができたと,我々が期待していた効果があったとの回答が得られました.その一方で,学習到達度に合ったヒントでなければ意味はなく,覗き見の効果を上げるには,だれのノートを見せるかを決める教師の技術が求められることがわかりました.また,他人の解答を覗いてその意図を読み取ろうとする様子からは自学自習の態度が読み取れたました.覗かれる側についても,我々が期待していた効果について肯定来てな意見が得られ,加えて,生徒間での競争意識が発生すること,またそれが学習に好影響を与える可能性があることも発見できました.
以上のことから,少人数による予備的評価の結果からなのですが,これまでの教師による演習の補助に加えて,学習到達度の高い生徒の解答を学習の材料として他の生徒の参考にする方法は,授業効果を向上させる可能性があることが示されました.
今回実装しているシステムを使う使わないは別にして,演習時に他の児童・生徒のノートを見せるという仕組みについての意識調査を行いました.調査対象は中学校教員58人です.結果については下図に示します.先生が作成したメモを見せた方がよいと考える先生が多かったのですが,児童・生徒同士でノートを見せ合うことに効果があると考える先生も多くいました.覗かれる児童・生徒の効果もあると示されていることから,今回提案した仕組みを研究する意義は十分にあることが示されたと思います
演習を効果的に行える一つの仕組みとしての可能性があることから,今後,完成度を高め,システムを利用した授業実践を通して,現実的な評価を行いたいと考えています.授業実践の最大の壁は,児童・生徒一人一人にペンPCを用意しなければならないことです.都立高校には 21 年度に全教室に Tablet PC が配置されることになったので,それを一つの教室に集めることで,授業実践が行えるのではとの見込みを持っています.また,提案した仕組みのすべてを取り込むことはできませんが,児童・生徒のノートをデジカメで撮影し印刷して他の生徒に見せるという代替的なシステムを用いた授業実践も行いたいと考えています.
- 角方寛介,加藤直樹,山崎謙介:タブレットPCを用いた他の生徒のノートを覗けるノートシステムの開発,第70回情報処理学会情報処理学会全国大会講演論文集,Vol.4, pp.739-740 (2008.3)
- 角方寛介,加藤直樹,山崎謙介:タブレットPC を用いた他の生徒のノートを覗ける電子ノートシステムの開発,第133回情報処理学会ヒューマンコンピュータインタラクション研究会,Vol.2009-HCI-133, No.10 (2009.5) PDF
(派生研究成果)
- 浜口拡輝,山崎謙介,加藤直樹,杉原敏昭:筆記の様子を記録した連続静止画像からのインク生成手法,第70回情報処理学会情報処理学会全国大会講演論文集,Vol.4, pp.219-220 (2008.3)
- 浜口 拡輝,加藤 直樹,杉原 敏昭:筆記の様子を記録した連続静止画像からのインクデータ生成手法の検討,ヒューマンインタフェースシンポジウム2008論文集,pp.195-200 (2008.9)
- 浜口拡輝,加藤直樹,山崎謙介:Web 上への手書きメモが共有可能なブラウザ PerowserEx の開発,133回情報処理学会ヒューマンコンピュータインタラクション研究会,Vol.2009-HCI-133, No.2 (2009.5) PDF
- 第4回学習指導基本調査報告書,Benesse教育研究開発センター (2008)